「金田一少年の事件簿」事件の感想シリーズ。今回取り上げるのは、「怪盗紳士の殺人」です。絵画や芸術品を狙い、時には「絵」だけではなく、そのモチーフとなった人物まで盗むという謎の怪盗――怪盗紳士。そんな怪盗紳士を追うため、金田一一は剣持とともに青森県にある画家・蒲生剛三の屋敷を訪れます。そこで待っていたのは、かつての同級生・和泉さくら。そして、蒲生の代表作「我が愛する娘の肖像」を巡り、次々と事件が起こります。今回は、事件のあらすじや主なポイント、キーパーソン、そして原作を読み返して感じたことをまとめます。※この記事では、事件の真相に関するネタバレを含みます。「怪盗紳士の殺人」のあらすじ怪盗紳士を追って青森へ金田一の周囲では、絵画や芸術品を次々と狙う謎の人物、「怪盗紳士」のニュースが話題になっていました。そんなある日、剣持から金田一に頼まれたのが、「怪盗紳士を捕まえるため、一緒に青森へ来てほしい」ということ。向かった先は、青森県にある画家・蒲生剛三の屋敷でした。怪盗紳士は、単に絵画を盗むだけではありません。時には、「絵のモチーフ」まで盗むというのです。そして蒲生邸には、蒲生の話題作「我が愛する娘の肖像」のモデルであり、1か月前に不動高校から転校していった金田一たちの元同級生、和泉さくらがいました。蒲生邸に広がる壮大なアトリエ蒲生のアトリエには、完成までに2年を費やしたという壮大な風景が広がっています。大きな滝や、ラベンダーの花が咲き誇る「ラベンダー荘」など、まるでひとつの世界を作り上げたかのような空間です。ところが、執事の小宮山によれば、蒲生は5年ほど前から、アトリエの外では一切絵を描かなくなったとのこと。さらに蒲生は乗り物嫌い。飛行機や船には乗らず、自分専用にカスタマイズされたリムジンしか利用しません。なぜ、蒲生はそこまで外の世界から離れてしまったのでしょうか。この過去も、事件を考えるうえで重要な要素になっています。事件の3つのポイントここからは、「怪盗紳士の殺人」を読み返して特に気になったポイントを3つ紹介します。ポイント① 「怪盗紳士」は何者なのか?金田一たちがラベンダー荘に入ると、謎の足跡と、そこから続く絵画の盗難を発見します。ただし、これを「第1の事件」と呼んでよいのかは少し微妙なところ。というのも、この絵画盗難の犯人については、金田一がかなり早い段階で突き止めてしまうからです。そして、もうひとつ重要なのが、「怪盗紳士」という人物をどう捉えるかという問題。絵画盗難事件が起こった翌日、今度は本物の「怪盗紳士」による盗難事件が発生します。狙われたのは、和泉さくらをモチーフにした、「我が愛する娘の肖像」でした。大急ぎで和泉の居場所を探す金田一たち。そして、ある小屋の前で、和泉の愛犬・ポアロが激しく吠えているところを発見します。ここから、「怪盗紳士」と「和泉」を巡る事件が本格的に動き始めます。ポイント② 「モチーフ」と「絵」の前後関係最初の殺人事件が発生した頃、警察も厳戒態勢になっていました。最初の被害者は、ある理由から特定の人物を狙っていました。しかし、逆に自分自身が狙われることになります。ここで重要なのが、「モチーフと絵、どちらが先だったのか?」という点です。絵画盗難事件では、絵を盗む → モチーフを盗むという順番でした。ところが殺人事件では、モチーフとなる人物に事件が起こる → その後、絵が盗まれるという順番になっています。この違いには、犯人のどんな狙いがあったのでしょうか。単純な絵画盗難ではないからこそ、この「順番の違い」が重要な手掛かりになります。ポイント③ ラベンダーと南十字星第2の事件は、被害者が過去のある出来事に心当たりを持った直後に発生します。被害者は急いで電話をかけますが、間に合わず犯人の手にかかってしまいます。ここで重要になるキーワードが、「岸和田病院」です。さらに翌朝、蒲生邸にかかってきた電話から、「ラベンダー荘」という言葉が出てきます。金田一たちが急いでラベンダー荘へ向かうと、そこにあったのは、盗まれた絵。しかも、その絵に描かれていたのは、第2の被害者でした。一方、本人も崖の下の川沿いで発見されます。完全なアリバイと「目の自由」剣持が事件当時の関係者のアリバイを調べると、驚くことに全員が蒲生邸にいたことが判明。犯行は不可能だったように見えます。さらに、第2の被害者は事件の時点で、目の自由を奪われていたことも分かります。では、なぜ被害者は、自分がどこにいるのかを判断できたのでしょうか?ここから犯人へとつながる重要なキーワードが、「南十字星」です。南十字星を求めて沖縄へ金田一は天文学者・和久田春彦から、「日本で唯一、南十字星を見ることができる場所」について聞きます。そして、すぐにいつき陽介へ連絡。依頼したのは、「翌朝一番の飛行機で沖縄へ飛んでほしい」というものでした。調査場所となったのは、南十字星を見ることができる国内唯一の島、波照間島。ここで得られた情報と、それまでの事件がどうつながっていくのか。「南十字星」という言葉は、この事件を読み解くうえで非常に重要なヒントになっています。事件のキーパーソンポアロ「怪盗紳士の殺人」のキーパーソン、というより、今回あえて「キードッグ」として挙げたいのが、ポアロです。蒲生のアトリエ裏山で迷子になっていたところを、和泉が拾った犬。そのため、比較的最近になって蒲生邸にやってきた存在といえます。ポアロは和泉によく懐いており、その様子を見た金田一が嫉妬する場面も。しかし、特に気になるのがラベンダー荘での反応です。蒲生専用にカスタマイズされたリムジンでラベンダー荘へ向かうと、外の景色を確認するまでもなく、ポアロが少し荒々しく吠え始めます。この反応には、事件の背景を考えるうえで重要な意味がありました。ちなみにポアロは、後に不動芸術高校を舞台にした「銀幕の殺人鬼」にも登場します。「怪盗紳士の殺人」を読んで感じたことここからは、事件の謎だけではなく、原作を読み返して印象に残ったポイントを紹介します。怪盗紳士を支える「黒川」という人物怪盗紳士が初登場する今回の事件では、冒頭のメイクシーンにも注目したいところです。そこでスタイリストのような立場で登場するのが、黒川という人物。怪盗紳士は、黒川が施したメイクについて、「いつもながら素晴らしい出来だ」と評価しています。この描写を見る限り、黒川は今回たまたま怪盗紳士のメイクを担当したのではなく、以前から継続的に怪盗紳士を支えてきた人物と考えられます。そうなると、怪盗紳士のバックグラウンドには、個人ではなく大きな組織のようなものがあるのでは?という想像も膨らみます。吉良勘治郎の発言を読み返す画家の吉良勘治郎は、登場するたびに酒を飲んでいる印象的な人物です。何かにつけて蒲生に難癖をつけています。ところが、真相編まで読んだうえで改めて吉良のセリフを追ってみると、「この場面で、この発言をしていたことにも意味があったのでは?」と思えるところがあります。初読時には単なる嫌味や愚痴に見えていた言葉も、真相を知った後では違って見えてくる。これは金田一シリーズを読み返す面白さのひとつです。執事・小宮山吾郎の本心執事の小宮山吾郎は、蒲生だけでなく、和泉の身の回りの世話もしています。そんな小宮山について気になるのが、序盤のあるシーン。登場人物たちが集まっていた場面で、ある2人が蒲生や和泉について文句を言っていました。そのとき小宮山は、うっかりを装って天文学者・和久田春彦に酒をかけています。もちろん、「和泉の執事だったから」という理由も考えられます。しかし、真相編まで知ったうえで考えると、そこには別の意味があったのではないかとも思えてきます。特に気になるのは、「なぜ、その2人のうち和久田にだけ酒をかけたのか?」ということ。もう一人の発言については、小宮山が特に異論を持っていなかった可能性もあるのではないでしょうか。温和で優しそうに見える小宮山ですが、彼の本心に注目してみると面白い人物です。青森県警・大河内善助青森を舞台にした事件ということで、初期からの読者には「青森といえば俵田警部」というイメージがあるかもしれません。しかし、「怪盗紳士の殺人」に登場する青森県警の人物は、大河内善助警部です。初登場時には剣持に対して、「警視庁の警部さんが高校生に頼り切って……」というような態度を見せ、少し嫌な雰囲気を漂わせています。こうした各地域の警察キャラクターの違いも、金田一シリーズの面白いところです。醍醐真紀の「名探偵対怪盗」という言葉芸術雑誌「芸術ジャーナル」の記者、醍醐真紀。彼女は序盤の絵画盗難事件で金田一の推理に感心し、自ら金田一に近づいてきます。そこで、「“名探偵”対“怪盗”の対決が見れそうね!!」というセリフが出てきます。これも、真相編まで知ったうえで読み返すと、少し違った捉え方ができる描写なのではないでしょうか。このあたりは、怪盗紳士そのものについて考えるうえでも、今後さらに掘り下げてみたいポイントです。「怪盗紳士は誰?」という謎は途中まで判明する実は、この事件における、「怪盗紳士は誰なのか?」という謎は、中盤の段階で「半分だけ」明らかになります。では、「半分」とはどういう意味なのか。そこはぜひ真相編まで読んで確認してみてください。ただ、その「半分」の謎を考えるうえで重要なのが、複製画です。影尾が狙っていた「我が愛する娘の肖像」は、金田一の言葉どおり、まさに「灯台下暗し」という状態で保存されていました。怪盗紳士の正体については、まだ掘り下げられる部分も多いテーマです。美雪の推理が大胆すぎる今回、金田一が推理や検証で悩んでいるそばで、美雪が披露する推理も印象的でした。とにかく、大胆で奇抜。美雪の、「ぱーっと!」というアクションも面白いですし、その背景に描かれた真っ黒な犯人のシルエットも、なんともいえない味があります。金田一シリーズはシリアスな事件だけでなく、こうしたキャラクターのコミカルな描写も魅力です。金田一の推理に反論しなかった犯人そして、真相編で特に印象に残るのが、犯人の態度です。短編やイレギュラーなケースを除けば、「怪盗紳士の殺人」は、犯人が金田一の推理にほとんど反論しなかった事件として非常に印象的です。金田一の推理をずっと無言で聞き続ける犯人。そして最後になって、蒲生邸の絵画にまつわる驚くべき真相を語り始めます。この展開は、ほかの事件とは少し違った印象を受けます。壁に描かれた絵が示すもの真相編の核心については、ここでは最小限に触れます。特に印象に残ったのが、「あの人」が壁に絵を描いていた場面です。この場面を抽象的なイメージとして見ると、「異人館ホテル」の事件に登場する赤髭のサンタクロースを思わせる部分もあるように感じます。もちろん、これは作品同士を比較して読んだ場合の個人的な印象です。こうした「似たモチーフ」を探してみるのも、シリーズを読み返す楽しみだと思います。犯人が求めていた「何気ない幸せ」犯人の動機まで知ったうえで振り返ると、もともとは、家族に囲まれた「何気ない幸せ」を望んでいた人物だったとも考えられます。ところが、金などを目的とした「あの人物たち」の存在がきっかけとなり、事件へとつながってしまいました。事件の真相を知った後に残るのは、恐ろしさだけではありません。むしろ、「どうして、こうなってしまったのだろう」という悲しさや残念さのほうが強く残る事件だったように感じます。登場人物のほとんどが「嘘」を抱えている「怪盗紳士の殺人」を通してもうひとつ印象的なのが、登場人物の多くが何らかの嘘や隠し事を抱えていることです。「自分にはやましいことがない」と言い切れる人物が、ほとんどいない。絵画を盗んでいたり、誰かと結託していたり、過去を隠していたり。犯人だけではなく、それぞれの立場のキャラクターが、「明かせない過去」を抱えています。そのため、この事件は「怪盗紳士の正体」や「殺人事件のトリック」だけでなく、登場人物たちの人間模様にも注目して読むと、より面白くなる作品だと思います。まとめ「怪盗紳士の殺人」は、絵画を盗む怪盗紳士を中心に、「絵」と「モチーフ」の関係、登場人物たちの隠された過去、そして蒲生家を巡る複雑な人間関係が絡み合う事件です。特に印象的なのは、怪盗紳士の人物像「モチーフ」と「絵」の前後関係ラベンダー荘と南十字星波照間島につながる手掛かりポアロの反応黒川という怪盗紳士の協力者小宮山吾郎の不可解な行動醍醐真紀の「名探偵対怪盗」という言葉中盤で「半分」明らかになる怪盗紳士の謎金田一と美雪のコミカルなやり取り犯人が金田一の推理に反論しなかったこと登場人物たちが抱える嘘や隠し事などです。そして真相を知ったうえで読み返すと、この事件は単なる「怪盗と名探偵の対決」ではなく、「何気ない幸せを求めた人々が、過去の出来事によって少しずつ歯車を狂わせていく物語」としても見ることができます。怪盗紳士という強烈な存在に目を奪われがちな事件ですが、実際には、その周囲にいる人物たちの過去や人間関係にも多くの見どころがあります。「怪盗紳士は何者なのか?」だけではなく、「なぜ、この人たちはこの場所に集まったのか?」という視点で読み返してみると、初読時とは違った発見がある事件ではないでしょうか。