「金田一少年の事件簿」事件の感想シリーズ。今回取り上げるのは、「タロット山荘殺人事件」です。雪夜叉伝説の事件で金田一たちと出会った人気アイドル・速水玲香が、突然姿を消した。そんなニュースが世間を騒がせる中、金田一のもとに届いたのは、玲香本人からの手紙でした。その手紙をきっかけに金田一と美雪が向かったのは、青森県・高巻スキー場にあるペンション「タロット山荘」。そこで待っていたのは、玲香の過去と、タロットカードに彩られた連続事件でした。今回は、事件のあらすじや主なポイント、キーパーソン、そして原作を読み返して感じたことをまとめます。※この記事では、事件の真相に関するネタバレを含みます。「タロット山荘殺人事件」のあらすじ速水玲香が突然の失踪雪夜叉伝説の事件で知り合った人気絶頂のアイドル、速水玲香。そんな玲香が突然失踪したというニュースが、テレビのワイドショーを騒がせていました。ところが、金田一の家に届いたのは、なんと玲香本人からの手紙。そこに書かれていた内容を受け、金田一と美雪は青森県の高巻スキー場へ向かいます。目的地は、玲香の父・速水雄一郎が経営するペンション、「タロット山荘」でした。しかし、そこで待っていたのは、単なるアイドルの失踪事件ではありませんでした。タロットカードを巡る不気味な事件が、金田一たちを待ち受けていたのです。この事件の大きな特徴「タロット山荘殺人事件」には、少し特殊な構造があります。実は、一部の事件については、実際に手を下す「実行犯」が序盤の段階で判明します。ところが、残りの事件については、終盤の真相編まで姿を見せない「真犯人」が手を下していました。つまり、実行する人物と、それを操る人物がいるという構造です。この点は、「仏蘭西銀貨殺人事件」と少し似ています。ただし、「タロット山荘」では、事件が進むにつれて実行犯と真犯人の関係が少しずつ明らかになっていくところが特徴的です。事件の3つのポイントポイント① 誰が「風車山」へ運んだのか?第1の事件の前兆は、関係者の多くがタロット山荘に到着した頃からすでに現れていました。例えば、第1の被害者は、ある人物の行動に違和感を覚えています。そして第1の事件は、誰にとっても予想外の状況で発生しました。実行犯にとっても。そして、その人物を操っていた真犯人にとっても。灰皿・時計・ザラメ状の根雪第1の事件については、真相編を待たなくても、金田一自身が推理によってかなりの部分を明らかにしています。特に注目したいのが、灰皿時計ザラメ状の根雪です。事件後にアリバイを調べてみると、事件が起こったと考えられる夜の時間帯と、ロープウェイが動き始めた後から遺体が発見されるまでの朝の時間帯。この両方にアリバイがない人物は、なんと金田一だけでした。ただし、第1の事件については、実行犯が少なくとも片方のアリバイを確保できていた理由があります。それが、「実行する者」と「操る者」の2人がいたという構造です。ところが、実行犯本人には、風車山のロープウェイを使ったという心当たりがない。ここに大きな謎が残ります。タロットカード「運命の輪」2日目の朝、タロット山荘のメンバーが金田一たちを起こそうとしていたところ、ある異変に気づきます。山荘に飾られていたタロットカードが、すべてなくなっていたのです。さらに、後に第1の被害者となる人物の部屋のドアには、「運命の輪」のカードが刺さっていました。このカードを見た金田一が口にしたのが、「風車山」という場所でした。電力が通じている時間帯に、金田一たちは風車山の風車を見に行きます。すると、そこには本当に第1の被害者の姿がありました。電力事情と「風車山」タロット山荘にやってきた辻をきっかけに、速水雄一郎から山荘周辺の電力事情について説明されます。この地域では、リフトが動くのは朝8時から夕方5時まで。また、諏訪によれば、タロット山荘の向こう側にある山は、大きな風車があることから「風車山」とも呼ばれていました。電力の供給時間が限られているという設定は、玲香が初めて登場した「雪夜叉伝説」の事件とも少し似ています。そして、この電力事情は第1の事件だけでなく、後に金田一自身が経験する過去最大級のピンチにも関わってきます。ポイント② 「ハングドマン」をどう認識するか第3の事件では、タロット山荘の部屋の構造が重要になります。玲香によれば、客室は団体客を想定した造りになっていて、部屋と部屋がドアでつながっています。もちろん鍵がかかっているため、客同士が自由に行き来できるわけではありません。小城拓也と金田一玲香は、自身のマネージャーである小城拓也を、美雪の隣の部屋に泊めようとします。どうやら小城と美雪をくっつけようとしていたようです。そんな小城と金田一のやり取りも印象的。東大卒の小城に対して、金田一は、「東大を出たのになぜ芸能人のマネージャーを?」と問いかけます。すると小城は、「事件を解決した実績を履歴書に書く欄などない」と返します。金田一らしいやり取りですが、後から考えると、小城という人物を知るうえでも面白い会話です。第3の事件と「暖炉の番」第3の事件が起こる直前、実行犯は、ある客に対して深夜3時まで暖炉の番をしてほしいと頼んでいます。ここには2つの疑問があります。① なぜ客に暖炉の番を頼んだのか?速水オーナーと諏訪の2人で交代して担当することはできなかったのでしょうか。② 暖炉の番をする人物がいることで、誰にどんなメリットがあるのか?一見すると何気ない行動ですが、事件を読み返すと気になるポイントです。「吊るされた男(ハングドマン)」の意味第3の事件は、金田一たちが眠っている間に発生します。しかも、この事件で犯人と言えるのは、これまで実行犯を操っていた人物のほうでした。現場近くに置かれていたのが、「吊るされた男(ハングドマン)」のタロットカード。ここで金田一は、これまで事件を実行していた人物の名前を、みんなの前で明らかにします。同時に、その人物を操っていた、「陰の脅迫者」の存在も明らかにします。「人の出入りはなかった」という証言しかし、結城は第3の事件が起こった時間帯について、「人の出入りはなかった」と証言します。もし、初登場の人物が暖炉の番をしていたのであれば、「この人物が嘘をついているのでは?」と疑うこともできます。ところが、結城はすでに登場しており、読者もある程度その人間性を知っています。だからこそ、その証言には一定の信頼感が生まれます。ここが、この事件の面白いところ。「誰が言ったのか」まで含めて証言の信憑性を考える必要があるのです。部屋の見取り図が示すヒント実は、真相編に入る前から、少しだけヒントが描かれています。それが、部屋の見取り図です。そしてもうひとつ、「真犯人が金田一の部屋にもこっそり訪れていた」という事実。これらを組み合わせると、部屋の構造そのものが重要な意味を持っていることが見えてきます。ポイント③ トラウマと「空白の3年間」事件全体に関わる重要な要素のひとつが、タロットカードの飾り方です。速水雄一郎は、先代のオーナーからタロットカードごと山荘を譲り受けました。しかし、その詳しい事情までは知りませんでした。そこで結城から、あるアドバイスを受けます。その内容が明らかになるのは、事件の終盤です。共通する「トラウマ」タロット山荘の事件で重要なのは、単なるトリックだけではありません。むしろ、事件の動機につながっていくのが、「共通のトラウマ」です。例えば、金田一がある人物に何気なくかけた優しさ。その何気ない言葉が、相手から思いもよらない反応を引き出す結果になります。金田一自身に悪意はありません。それでも、その一言が相手に与えた影響は非常に大きなものでした。玲香の「空白の3年間」犯人を考えるうえで重要なのが、玲香が見せてくれた昔のアルバムです。そこに収められた写真を見た金田一は、ある違和感に気づきます。それは、玲香が3歳になる以前の写真が1枚もないということ。芸能界デビュー後のパーティーの写真などは残っているのに、なぜか幼少期の一部だけが抜けています。この「空白」が、玲香の過去を考えるうえで重要な意味を持っています。事件のキーパーソン諏訪正子「タロット山荘殺人事件」のキーパーソンとして挙げたいのが、山荘の従業員、諏訪正子(すわ・まさこ)です。1996年に堂本剛さん主演でドラマ化された際には、水沢アキさんが演じました。原作とドラマではキャラクターの印象が少し異なり、当時はそこも印象的でした。原作の諏訪は、客室を増やすことになった際、「あんれまあ!」と驚くなど、かなりパワフルな印象があります。諏訪の「何かありそう」な描写諏訪は、タロット山荘の事件が起こる2か月ほど前から働くようになった人物。さらに、玲香と同じくらいの年齢の娘がいることを思わせる描写もあります。こうした設定を見ると、「諏訪には何かあるのでは?」と考えたくなるのも自然です。もし諏訪の娘にあたる人物が「金田一37歳の事件簿」に登場するとしたら、金田一と同じ37歳前後の人物になっている可能性もあります。もちろん、そのときの苗字が「諏訪」とは限りません。こうした「20年後」を想像できる余白も、長期シリーズならではの面白さです。諏訪の印象的なセリフ第1の事件が起こり、感情的になって騒いでいた人物に対して、諏訪が放った言葉も印象的です。「テレビに出てる人って頭良さそうだけど いざってなると たいしたことないねえ!?」このセリフは、初めて読んだときから強く印象に残る場面です。諏訪の豪快なキャラクター性もよく表れています。「タロット山荘」を読み返して感じたこと滝下間太郎と「パソコン通信」玲香のファンである滝下間太郎も、金田一たちと同じロープウェイでタロット山荘へやってきた人物です。玲香の情報を突き止めるために、少し詳しくは言えないような方法を使った人物でもあります。原作の連載当時やコミックス初版の頃には、それが「パソコン通信」と表現されていました。もし現代に滝下が生まれていたら、例えば「雪霊伝説」に登場する鯖木海人のような人物と、ネット上のコミュニティで仲良くなっていたのかもしれません。時代が変わると、同じキャラクターでも情報収集の方法が大きく変わりそうです。美雪と玲香、初対面からバチバチ「タロット山荘」といえば、玲香の過去に注目しがちです。しかし、この事件にはもうひとつ重要な出来事があります。それは、美雪と玲香が初めて顔を合わせた事件だということ。玲香は初対面の美雪に、「この人誰?」「もしかして恋人じゃ……」と反応。一方の美雪は、玲香とあからさまに仲良くする金田一に対して、ものすごい「気」を放っています。そして、その2人に挟まれてアタフタする金田一。この三角関係的なやり取りも、「タロット山荘」から始まった大きな見どころのひとつです。結城英作の再登場医師の結城英作は、「オペラ座館殺人事件」以来の再登場。原作では、タロットカードに詳しい人物として登場します。ただ、それだけではなく、「なぜ、ここで結城が再登場したのか?」という点も気になります。彼の登場には、タロットの知識以外にも何らかの意味があったのではないか。そんな視点で読み返すのも面白いところです。辻健二と「金田一三世」芸能レポーターや招待客以外に、タロット山荘にいた人物として辻健二がいます。堂本剛さん主演のドラマでは、タロットの知識を披露する役割も担っていました。しかし原作の辻は、関西弁を話す人物。僕自身、先にドラマを見てから原作を読んだため、「あ、この人、原作では関西弁なんだ」と驚いた記憶があります。そして、辻が金田一を、「金田一三世」と呼んでいたことも印象的です。この呼び方をするキャラクターは、ほかにはあまりいなかったはず。「○○の孫」という意味では「○○三世」という呼び方も成立するので、今後も金田一を「金田一三世」と呼ぶ人物が登場するのか、少し楽しみにしています。第2の事件と「5000万円」第2の事件も、「実行犯を操る人物」という構造で行われています。浴室で発見された第2の被害者のそばには、「落雷の塔」のタロットカードが置かれていました。実行犯については比較的明確に描かれているため、謎としては大きくありません。ただ、ポイントとして気になるのが、1組のスリッパ暗闇の中で、実行犯が第2の被害者の名前を特定して叫んでいたことです。そして、個人的に気になるのが、第1・第2の事件で、なぜどちらも「5000万円」を要求していたのか?という点。偶然なのか、それとも何か意味があったのか。こうした数字の繰り返しも、読み返すと気になります。伊丹五郎が語る「過去の事件」芸能レポーターの伊丹五郎は、ある会話をきっかけに、自分の経験上印象に残っている事件について語り始めます。その中で出てくるのが、20年前の「残雪山の遭難事件」15年前の「幼児2人誘拐事件」6年前の「警察官の職務上の事故」です。では、なぜ伊丹はこのタイミングで、こうした過去の事件を語ったのでしょうか?そして、もうひとつ気になるのが、伊丹と結城の会話に出てくる、「オペラ座館の事件の記者会見」という話。オペラ座館の事件自体は大きな出来事なので、警察が記者会見を開いたこと自体は不思議ではありません。ただ、芸能レポーターだった伊丹が、なぜその記者会見を取材していたのでしょうか。当時、不動高校演劇部の布施光彦や早乙女涼子が、演劇コンクールの成績次第では芸能界入りする可能性があったことを考えると、そこに何らかの理由があったのかもしれません。金田一は大学浪人していた?小城と金田一のやり取りの中で、「金田一37歳の事件簿」にもつながりそうだと感じたのが、金田一の大学進学についてです。小城は、「彼女だけが大学に合格して彼は浪人生……」という趣旨の話をしています。これを聞くと、「もしかして、金田一と美雪の20年間にも、これと似たことが起こったのでは?」と想像してしまいます。もちろん、現時点ではあくまで一人の読者としての考察。しかし、「金田一37歳の事件簿」で描かれる20年間の空白を考えるうえでは、気になるセリフです。金田一、絶体絶命の大ピンチ「タロット山荘」の最大級の見どころのひとつが、金田一がすべての謎を解くきっかけとなった出来事です。その発端となったのが、美雪からプレゼントされたセーター。金田一はピンチに陥ったとき、美雪からのプレゼントを使って危機を切り抜ける場面が何度かあるように感じます。夕方5時から翌朝8時まで電力が止まる第3の事件を検証していた金田一は犯人に襲われ、次に目を覚ましたときには、「自分がどこにいるのか分からない」という状況になっていました。しかも、電力供給が止まるのは夕方5時から翌朝8時まで。金田一が目を覚ましたのは、なんと夕方5時半。翌朝まで14時間以上も待つことはできません。つまり、「どうにかして、タロット山荘まで戻らなければならない」という絶体絶命の状況です。風車の氷を溶かして電気を起こすここで金田一が頭をフル回転させます。そして、風車のシャフトに付着した氷を溶かし、なんとか電気を起こそうとします。このあたりは、いわば生活の知恵や雑学の力。難関大学を目指せるほどの学力がなかったとしても、金田一には、いざというときに生き延びるための知識と発想力がある。そんなことを感じさせる場面でもあります。第1の事件は「タロット山荘へ戻るまでの勝負」だった?ここからは少し細かな考察です。金田一の推理が正しいのであれば、真犯人は第1の被害者が発見される前に、ひとりで風車山をリフトで登っていたことになります。しかし、これは逆に言えば、「犯人がリフトで下っている途中、誰かが上ってきて鉢合わせする可能性」もあったということ。例えば、「あれ? 犯人さん、なんでこんなところに?」と誰かに声をかけられたらどうするのか。その場では何とかごまかせても、その後、風車山へ向かった人物が遺体を発見する可能性があります。そう考えると、第1の事件は、「犯人がタロット山荘へ帰り着くまでの勝負」だったとも考えられるのではないでしょうか。玲香の過去が明らかになるタロット山荘の事件では、金田一の推理とともに事件の謎が明かされていきます。しかし、それだけではありません。同時に明らかになっていくのが、「玲香の過去」です。結城が「トラウマ」という言葉を口にしたとき、北条が「何それ?」という反応をしています。この描写からは、「トラウマ」という言葉が、当時は現在ほど一般的ではなかったことを感じさせます。そして登場するのが、15年前に「梓」と呼ばれていた女の子。赤ずきんちゃんの、「イタイノイタイノトンデケー」という言葉。そして、その一言によって起こった、ある人物の心変わり。さらに、美雪が病室で玲香に何を打ち明けたのか。玲香の過去には、まだ掘り下げられる部分が残されています。「速水玲香」というキャラクターをもっと掘り下げたい個人的には、金田一シリーズの事件感想動画を一通り制作した後に、「速水玲香まとめ」のような動画も作ってみたいと思っています。玲香の登場シーンを時系列で追いながら、彼女が抱える謎や、金田一・美雪との関係について掘り下げる企画です。「タロット山荘殺人事件」の詳細に関わる部分についても、そのときに改めて考察してみたいところです。最終話の「サングラス」が気になる最後に、少し細かなところを。タロット山荘の最終話では、舞台がすでに山荘から別の場所へ移っています。そこで玲香は、アイドルであることが周囲にバレるリスクを冒してまで、サングラスをかけていません。そして、芸能レポーターたちに追われながら車に乗り込むタイミングで、ようやくサングラスをかけます。これを象徴的に考えるなら、「サングラスをかけていない間は、偽りのない自分」ということを表現していたのではないか。そんな読み方もできるのではないでしょうか。玲香にとって、芸能界での「速水玲香」と、本当の自分との間には、どんな違いがあるのか。最後のサングラスにも、そんな彼女の内面が表れているように感じます。まとめ「タロット山荘殺人事件」は、タロットカードを使った連続事件であると同時に、速水玲香の過去が大きく描かれる事件でもあります。特に印象的なのは、速水玲香の失踪「実行犯」と「真犯人」という二重構造「運命の輪」と風車山灰皿・時計・ザラメ状の根雪タロット山荘の電力事情部屋の構造と「ハングドマン」暖炉の番をめぐる違和感「共通のトラウマ」玲香のアルバムにある「空白の3年間」諏訪正子というキーパーソン結城英作の再登場金田一と美雪、玲香の関係金田一を「金田一三世」と呼ぶ辻金田一が風車山から生還するための知恵そして、玲香の過去などです。そして、この事件を読み終えて改めて感じるのは、「タロット山荘」は事件の謎だけを追う作品ではないということ。金田一と美雪、玲香の関係。玲香が抱えてきた過去。そして、登場人物たちが抱えている「トラウマ」や「空白」。事件の真相を知ったうえで読み返すことで、それぞれの人物の言動が違った意味を持って見えてきます。特に玲香については、「20年後」を描いた「金田一37歳の事件簿」と合わせて考えると、彼女がその後どんな人生を歩んだのかという部分にも興味が湧いてきます。「タロット山荘殺人事件」は、金田一シリーズの事件としてだけでなく、速水玲香というキャラクターを知るうえでも重要な一作だったのではないでしょうか。